SHOTNOTE洗脳失敗

以前に

てな事を呟いたのだが、その後その部長と話す機会があり、

 

部長:「あのノートどうやって使ってるの?。ちょっと使ってみたけど、なんか使い道無くて」

俺:「実は、俺もしばらく使ったあげくに読み込まなくなって、ちょっと高いメモ帳になってるんですよね〜」

部長:「読み込んだら、そのまま電子化されてテキストを自分のOutlookのタスクリストとかに読み込めたりするのかと思ったら、ただの画像として残るだけなんだよね…」

 

という会話があって、ただの画像で読み込むだけなら、Shotnoteのような専用のノートを買わなくても可能なアプリが色々とあるし…、ということでShotnoteはわざわざ買わなくても…という結論に至ってしまった。


まぁ、好きで使っている人には使い倒そうとしていない短絡的な判断とも思えるのかもしれないが、イノベーターとかアーリーアダプター的な人ではなく、普通の人にとってはこれが普通の判断なんだろうなぁと思ってしまった。

俺も、文房具好きではあるけども、文房具って所詮道具なので、文房具を使いこなすために色々と自分を合わせて工夫しなければいけないのって本末転倒で、自分が色々と行っている普段の行動が便利になったり、楽しくなったりっていうのが道具の本来の使い道じゃないかとも思うんだよね。

その道具を探すために使い道を探すっていうのは、その道具の機能が十分ではないか、自分に合っていないので、無理に使う必要は無いというのが、今回の結論でした。

 

「アインシュタインにきいてみよう 勇気をくれる150の言葉」

「同じことを繰り返しておきながら、異なる結果を期待するとは、きっと頭がどうかしているのでしょう」

 

この言葉が良い 

 

アインシュタインにきいてみよう 勇気をくれる150の言葉

アインシュタインにきいてみよう 勇気をくれる150の言葉

同じ空